阿久根・脇本地区を歩こう

 

阿久根市の南西部に位置する脇本地区は、かつては三笠村と呼ばれていた。長島と接することから交通の要所でもあり、入り込んだ海岸線から天然の良港として江戸期以前から栄えていた。今回は、この港町の魅力を訪ねて、山の方まで散策してみよう。

① 寺島宗則ゆかりの家

 

寺島宗則こと松木弘安は、天保3(1832)年にこの地の長野家に生まれました。すぐに、近くの松木家に養子に入り、島津斉彬の時代には蘭学者または医師として活躍した人物です。また、豊富な知識と語学力から幕府の遣欧使節団の一員としてヨーロッパも視察しています。そのため、後に薩摩藩が英国に留学生を派遣した際には、その引率者として再び渡欧しています。明治政府では、神奈川県知事や外務卿を務めるなど活躍しています。ゆかりの家の前に浮かぶ寺島は、松木弘安が寺島姓を名乗るきっかけにもなった故郷の島で、現在も穏やかな風景を演出してくれています。

② 豊受神社

千手観音が祭られているのは、明治3(1870)年に廃仏毀釈の影響によって円通寺という寺院が廃寺となったことによるものです。脇本の港から少し上った高台に位置する神社です。素朴な社殿がとっても素敵で、境内にある大きなイチョウの木が目印でもあります。地域の人々は「観音さん」とも呼んで親しんでいます。

③ 西徳寺の山門

宗派は浄土真宗の寺院で、創建は廃仏毀釈後となる明治14(1881)年です。立派な本殿も美しいが、目印でもある入口の山門は鹿児島県内では、なかなか見ることができないくらい立派なものです。その建造は大正2(1913)年で、それだけの歴史を感じさせてくれる重厚な彫刻が随所に見られます。その山門下にある聖徳太子1300年の記念碑も珍しいのであわせて必見です。

④ 宮崎神社

港町である脇本の人々にとって航海安全は切実な思いでもあります。宮崎神社は、そうした漁業関係者を中心にして信仰されてきた神社でもあります。創建年代は不明ですが、御祭神は弁財天と厳島姫命です。御神体として木像の弁財天像が奉納されています。境内には、コノミヤ様と呼ばれる養蚕の神様の石像が安置されています。他にも日露戦争の記念碑などもあります。

⑤ 脇本古墳群

新田ヶ丘古墳とも呼ばれ、九州では最南限ともされる高塚古墳と長島から伊佐市・さつま町などに分布する地下式板石積古墳の両方を確認することができます。巨石が地面の上にあり、その中には横穴式石室もあるなど、この地域の古墳時代を知るための重要な遺跡でもあります。また、この地に立つと笠山など地域を代表する山々を美しく望むことができ、古墳を築いた当時の人々の故人に対する思いを感じることができます。

⑥ 伊勢神社

ご祭神は天照大神で、創建年代は不明です。現在神社がある場所には、脇本港のお仮屋があり、地域にとっての中心的な役割を担っていました。それだけに当社が、三笠村にとっての村社でもありました。かつては、村の集落それぞれから踊りが奉納されていました。

 

 

 

 

 

東川隆太郎 プロフィール

【職歴・略歴】

東川隆太郎「まち歩き」を活動の中心に据える自他ともに認める「まち歩きのプロ」。従来の観光地のみならず、普段見慣れている景色の中に埋もれている地域資源は、光の当て方次第で輝きを増し、住民に誇りを、来訪者に喜びを与えることができる、という基本理念のもと、自らも案内人として地域をめぐるほか、県内及び九州各地での観光ボランティアガイドの育成・研修、まちづくりコーディネートなどにも従事。NPO法人まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会代表理事。鹿児島県観光アドバイザー。

2017-05-29

カテゴリ:いっぺこっぺさるこうかごしま

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