宇検村の芦検集落を歩いて

宇検村地図(いっぺこっぺさるこうかごしま)

宇検村は、複雑な入江沿いに集落が点在しているのが特徴の村である。現在の中心地は湯湾集落だが、昔は東シナ海に面した宇検集落が中心であったようだ。こうした入り組んだ独特の地形のなかで、一番深い湾は焼内湾と呼ばれ、天然の入江として古来から船が風を避けたり、風待ちをしたりして停泊する港として機能してきた。その焼内湾に面した集落のひとつが芦検集落で、明治初期には良質の銅鉱が発見されて栄えたこともあった。今回はこの集落の島らしい魅力に触れながらまち歩きしてみたい。

① アシャゲ

1-アシャゲ芦検公民館の海側にある。特定の祭礼の日に神々が降臨して、氏子より饗 宴を受けたり神遊びをしたりする集落のなかでは神聖な場所である。祭りを司るノロの祭具が、集落の玉利家には伝わっていて、ハブラ玉、サロシ、ドキン、サジといったものが保存されている。他にもノロの家として林家もあった。現在は集落の人々が集い、語らいながら過ごす場所にも なっている。夕方になると心地良い風が海の方から吹いてくる。

② 神道

2-神道集落の背後にある神山と海とをつなぐ集落内の道は、神様が通る道とし て島では神道として大切にしている。例えばごみを落としたりしないとか、神様が通るためにコンクリート壁などでふさがないなどしながら大切にしている。現在ももちろん、そのことは守られている。

③ 芦検稲すり踊り資料館

3-芦検稲すり踊り資料館現在でも地域の青年たちにしっかりと受けつがれている集落に伝わる踊りが「芦検稲すり踊りである。昭和13(1938)年の皇室における新嘗祭りにおいて、この踊りを奉納するという経験が集落にはある。この資料館には、その際に使用された道具などが大切に保存されている。なかにはチジンと呼ばれる太鼓などがある。

④ 共同風呂跡

共同風呂跡現在は、建物はなく当時の名残として山からの水が集まるタンクが崖 の横にある。この場所には昭和40年代の始め頃まで共同風呂があった。特に大正時代には、数多くの人々が入浴に来ていたという。浴場はひとつで夕方の早い時間が男性で、遅い時間が女性となっていた。

⑤ 献穀田の地

献穀田の地昭和11(1936)年から大島支庁を通じて、この地で収穫された米が皇室の新嘗祭りにおける献穀米として神々に奉納されることになった。その米を作っていた場所がここである。この繋がりから集落に伝わる「芦検稲すり踊り」が御田植祭りで奉納することになった。現在は、立派な石碑が当時のことを静かに伝えてくれる。また公園化もされている。

⑥ 待ち網漁

待ち網漁芦検集落に昔から伝わる漁法が待ち網漁である。あらかじめ仕掛けていた網に入ってくる魚を松の木の上から見張り、魚が網へと入ってくる様子を観察した人からの合図を受けて網を引くという漁法。現場には見張りをするための小屋や松の木にのぼるための梯子などがある。また、ここから望む焼内湾は最高に美しい。昔の焼内湾は湾内での鰹漁が盛んで、大正5(1916)年のこの地域の移出品の一番は鰹節であったという。

 

 

 

 

 

 

東川隆太郎 プロフィール

【職歴・略歴】

東川隆太郎NPO法人まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会代表理事。「まち歩き」を活動の中心に据え、地域資源の情報発信や、県内及び九州各地での観光ボランティアガイドの育成・研修、まちづくりコーディネートなどに従事する、自他ともに認めるまち歩きのプロ。
主なテーマは、地域再発見やツーリズム、さらに商店街やムラの活性化など。講演活動、大学の非常勤講師などを通しての持論展開のほか、新たな地域資源の価値づけとして「世間遺産」を提唱するなど、地域の魅力を観光・教育・まちづくりに展開させる活動に従事している。1972年鹿児島市生まれ。鹿児島大学理学部地学科卒。

2017-09-29

カテゴリ:いっぺこっぺさるこうかごしま

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